
六研 九四式自動拳銃
旧軍のハンドガンです。正式採用されたのは1934年、そう、ベレッタM1934と同じ時期に採用された銃なんですよね。
開発された年代の割には、改良の余地有り、、、、と言うか、オートマチックピストルの発展過渡期のモデルとしか思えない外観をしています。
4年後にはP38が出ていた訳ですし・・・・ 機構的にも、かなり危なっかしく、シアの一部が露出していて、手で押すとハンマーが落ちるといった構造的欠陥を持っていました。
等々、悪い噂ばかり聞く銃なのですが、当時のピストルとしては、コレが普通だったのかも。
1933年に採用されたトカレフには、マニュアルセーフティの類は付いていませんでしたから、戦闘中の簡易セーフティーが付いている九四式のがましかもしれません。
戦争中、九四式で実際に事故が起こったと言う記録は見あたりませんし。恐らくガバと同じようにラフに扱った馬鹿な米兵が怪我でもしたんでしょう。まぁ、ガバと同じくラフに扱えなきゃ軍用銃として失格なんですがね。
当時のオートマチックピストルは、ホルスターから抜く→スライド(ボルト)を引いて、初段をチェンバーに入れる→発射がマニュアル通りの発射方法で、チェンバーに弾丸を装填したまま持ち歩くことが出来るようになったのは、PPシリーズからでした。
当時、すでに機構が優れたブローニングのコピーである、一式拳銃が設計されており、本来はこちらを採用すべきだったんでしょうが、南部さんも銃器設計者としての意地が有ったんでしょうね・・・
南部さんの意地と、軍部の、その道の大家に対する信奉が、このような銃を採用するに至ったのでしょう。
如何にも日本的と言いますか・・・
まぁ、欠点だらけですが、ダメ銃を愛する人間から見たら、もうこれ以上ないってくらい愛らしいピストルなのですよ。
このモデルについて
このモデルは、六研のデコガンシリーズの内の一丁で、箱が破れていたため、格安で手に入れたモノです。 後にLAガンショップが35000なんて高値を付けていましたが、、、、ふざけるなって感じです・・・
出来は、写真の通り流石六研といった感じで、面とエッジの出が素晴らしいです。 話によると、一品一品機械加工でツールマークを入れているそうで。
難点を挙げるとすると、モナカ構造の合わせ目がバッチリ出てしまっている事ですか。安いデコガンでは仕方がない話なんですが、萎えることは事実です・・・
しかし、それを持って余りある魅力を放つモデルですね。
持ってみて感じたのですが、無茶苦茶持ちやすいんですよ、この銃。 私の小さい手に吸い付くみたいで・・・
恐らく当時の日本人の手に合わせたのでしょうが、この点だけは評価出来ますねぇ。